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“ご支援ありがとうございます”
最初に皆さんあまりなじみのないと思われる脊髄小脳変性症(SCD)という難病を紹介します。 本疾患は厚生労働省が指定した特定疾患の一つであり、治療法はもとよりその原因も究明されていない進行性の神経難病です。この聞きなれない神経難病は、脊髄、小脳その周辺の神経細胞が萎縮変性し運動失調をもたらす疾患の総称で、細かく分類すると二十数種類に及ぶと言われております。 主な症状としては、強度のふらつき、歩行困難、構音障害、書字不能などがあります。その他、人によっては、排尿困難や眼振に悩まされたり、起立性低血圧がひどくて起きていられないこともあります。 総じて病状は緩徐ですが、確実に進行し、5年から20年で寝たきりになり、寝返りもできず、発声も不可能になると言われております。 また、この病気は直接的には死亡の原因とはならず、実際に亡くなる患者は肺炎、尿路感染、窒息など合併症によるものが大部分です。 わが国における患者数は2万人を超えるとも言われております。 当会は、昭和52年に患者およびその家族で任意団体として結成されて、設立後すでに26年の歴史があり、会員も約千七百人を数えるに至りました。 会の目的は、現在原因不明、治療法のない難病を早期に駆逐することにありますが、当面
この疾患はALSやパーキンソン病のようにマスコミに取り上げられることも少ないため患者は周囲の理解を得られず、誤解され、苦労することが多いのが現状です。社会的にも認知された難病として理解がえられるようにしたいという目的達成のため日頃努力しておりますが、「親切会」はわれわれの悩みをご理解いただき、活動の助けとして毎年多額の助成金をくださいました。心から感謝をいたしますとともに厚く御礼申し上げます。 なお、今西氏は永年事務局長として当会の中心となり、諸活動を推進され、現在も幹事として活躍されていることを申し添えさせていただきます。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
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“難聴者の白い杖になる「要約筆記」”
一般に聴覚障害者のコミュニケーション手段は「手話」と思われています。 しかし、人生の途中で、病気、薬害、事故、騒音、高齢などの原因により耳が聞こえなくなった人(難聴者)は、すぐに手話は覚えられません。 そこで、話の内容を要約して書いて伝える(音声を文字に)のが要約筆記です。難聴者が社会参加する手段として、昭和45年「京都市難聴者協会」が設立され、同48年「中途失聴・難聴者の全国組織結成」の準備会を京都で開催。このとき、軽度の難聴者が、教育機器のOHPを使い、透明なロールに油性ペンで筆記をされ、全国に「要約筆記」が広がりました。
平成11年ボランティアの功労で、厚生大臣賞を受賞。この間「関西ブロック研修会」や「全国要約筆記問題研修会・京都集会」などを開催しました。 「要約筆記」の3本柱は「早く・正しく・読みやすく」をモットーに、毎月2回学習会を持ち、難聴者との交流会も続けています。最近は大学から依頼があり、聴覚障害の学生に講義をノートテイクすることも多くなりました。 また、大きな講演会、シンポジウム、式典、記念大会等では、「パソコン要約筆記」が主流になってきました。昨年から「パソコン要約筆記講座」も開講して、難聴の青年部と「パソコン部」を設立しました。手書きは、話し手の3割位を書くのが限度ですが、パソコンでは2〜3人が分担して入力するため、全文に近い情報保障ができます。しかし、まだ機材が不足していましたので、今回の親切会からの助成金で無線ランとランカード、モバイルスクリーンを購入しました。 無線ランのメリットは、ケーブルが不要なため、遠くの演台に講師用のパソコンを置いて表示できることです。昨年、京都市で開催した中途失聴・難聴者の福祉大会(1300人規模)でも大いに活躍しました。皆様の温かいご支援に感謝申し上げます。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
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“真面目に黙々と気張る姿”
すべての障害者に労働する権利を保障するとともに、より豊かな人間性と、生きがいを生み出す場とすることを目的に発足してから今年で、丁度10周年を迎えました。
この他に、日吉町社会福祉協議会のボランティア連絡協議会のご協力を得て、アルミ缶リサイクル活動をしています。集めていただいた空き缶の回収、スチールとの選別、袋詰め、納品という順に作業を進めていきます。ここでも、自分に出来る分野の配置につき、みんなまとめて出来上がりという喜びを味わっています。寒い季節、熱い季節と、いづれにしても苦労はありますが、力を合わせて努力し頑張っています。それでも缶リサイクル収入は、分が良くて今では利用者の給料は、ボタン作業収入よりウエイトがかかっています。寒い、暑い、しんどい、臭いと、嫌なことがあっても、真面目に黙々と気張る姿に、ただ、ご苦労さんという思いです。 こんな現実の中で、親切会からの寄付は大変ありがたく、靴の装具、作業用長靴、利用者増員にともなう履物収納箱、装具をつける腰掛けシューズキャビネットを誂えました。また、温風ヒーターも購入したので、借り物だったストーブを返すことができました。民家を借りての活動で10年暮れたわけですが、近い将来、町が新しい作業所建設を考えてくださっております。靴箱やストーブと一緒に新しい作業所に引っ越せる日が、早く来るとよいのに、と願いながらの毎日です。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
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“地域での生活をめざして”
サンフレンドは知的障害がある方が寮に入り、職員の支援を受けながら自立をめざす大人の施設です。現在、50名の方が利用されています。日中は、農耕班・手芸班・組立班・印刷班などの作業に個々の適性にあわせて参加し、夜は寮において生活の支援を受けながら楽しい生活を送っています。
サンフレンドもグループホームを今後は整備していく予定ですが、知的障害がある方の地域移行は容易なことではありません。そこで、サンフレンドでは、自活訓練事業という国の事業を行っています。自活訓練事業は、施設を出てすぐに地域で暮らすことの難しい方のために、短期に集中して生活訓練・職場開拓を行い、地域生活への移行を円滑に援助する事業です。 今回、親切会のご寄付により自活訓練事業の実習に必要な、洗濯機と掃除機をいただきました。自活訓練する場所を整備するためには大変な費用がかかるので大変助かりました。いただいた製品は最新式であるため、性能もよく使い勝手もよいので、利用者の方でも簡単に操作ができ、自分でも一人で出来るという自信につながり、自立に向けての大きな成果となって表れています。 親切会の皆さんに感謝申し上げるとともに、ご寄付いただいた洗濯機と掃除機は大切に末長く使わせていただきたいと思います。そして、知的障害がある方が一人でも多く社会へ自立出来るよう支援していきたいと思います。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
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| “「やさしさ」に支えられて” コンビニの会 代表 大川 美知子
「コンビニハウス」 私達は、新しく立ち上がった障害者福祉サービスの拠点(施設)にちょっと珍しい名前を付けました。 「街角のコンビニエンスストアのように、困った時に一時的に介助を替わってくれる施設、24時間いつでも飛び込んで行ける介護の助っ人が欲しい」という母親達の願いをそのまま名前にしたのです。 ことの始まりは、ご自分が両親の介護でとても苦労したからと一軒家を無料で貸してくださった方との出会いでした。 ボランティアの学生や主婦が集まって出発した新しい福祉サービスは、私達の予想をはるかに超えて大変多くのニーズがあり、2年目にはボランティアだけで賄えなくなりました。お恥ずかしい話ですが、障害を持った人やその家族が実にゆとりのない大変な暮らしをしておられることを私はこの時、初めて知ったのです。 「兄弟の授業参観に行ってやりたい」「親が入院したので付き添いたい」「法事なので夫婦で出かけたい」など、どこの家にもあることが叶えられない。 障害者自身の社会参加どころか親の社会参加もままならないことを知って驚きました。ただ、このサービスには公的な支援制度がまったくありませんので、利用者(障害者)から集めた会費(年間15万円)で運営されています。 年々増え続ける「助けて」の声に応えるには、もっと広い場所が必要になり、一昨年の秋に私達は第2の拠点を手に入れました。 この7年を支え続けたボランティアや職員の呼び掛けに応えて、多くの方々から募金が寄せられようやく中古住宅を買いました。しかし、私達のような市民グループの力には限界があり、生活に必要な電化製品まで買い揃えることはできませんでした。 一昨年の冬は、とりあえず中古品を貰い集め、1階の2つの部屋に皆が集まって寝ることにしましたが、早く寝てしまう人、夜遅くまでテレビを見たい人、一人ひとりの生活スタイルは様々で、「一時的に家庭の代わりをします」には程遠いものでした。 そのような折、親切会より施設を見学したいとのお申し出をいただきました。NPO法人運営の民間施設に目をとめてくださったことが不思議で、「私共のことをどこでお知りになったのでしょうか」とお尋ねしますと、「テレビで知りましたが、本当に役立つ寄付をしたいと常々思っています」とのお返事でした。 「頑張って続けてください」という励ましに、やさしさに支えられてコンビニハウスが育って行くことを心から嬉しく思いました。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
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| “自然豊かな今井城学園を紹介します” 今井城学園 児童指導員 野崎 永生
当学園は昭和23年に当時戦災孤児の救済を目的として、山梨県中巨摩郡須玉の瑞牆山の麓に建てられた「瑞牆山少年の町天使園」が前身です。昭和44年に青梅市に移転してきました。「今井城」の名前は移転した場所の近くに“今井城址”があったことに由来します。 定員は44人で、幼児から高校生までが男女別・4つのグループに別れて生活しています。平成7年度に老朽化した園舎の改築を終え、今井1丁目から2丁目の現在地に移転しました。学園の前には茶畑が広がり、圏央道青梅ICが望めます。園舎の構造は鉄筋コンクリート3階建で、1階には事務室や調理室・園長室・多目的ホール・自立訓練室があり、2・3階が児童棟になっています。
子供達の多くは学校でスポーツクラブに属し、活躍しています。学園でも、毎年実施される施設対抗の野球・バレーボール・マラソンの各大会には積極的に参加し、子供達の健康や体力の増進を図っています。夏休みには学園が独自に実施する林間行事や臨海行事を通して、職員と児童が寝食を共にして互いの親睦を深めます。 平成14年度から始まった学校週5日制についても休日を有意義に過ごすため、子供達が主体となって各グループごとに行事を企画・実施するなどして、多くの体験を基にして彼らの自主性を高めていかれるように職員がサポートしています。一度、当学園にお出かけください。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
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| “バザー 心の暖かさにふれる至福の時” 島田療育センター後援会 会長 植木 桜美
毎年暑い夏がやってくると、やさしいおじ様方から、暖かいお心が島田療育センターの利用者(園生・園児)へ届けられます。今年でもう10回を越えました。 暑い中を背広にネクタイ姿でお届けくださる浄財を、私たちも襟を正して頂戴し、利用者のためにより良い使い方をしなければと、心に深く思うのです。 島田療育センターは、1961年に日本で最初に出来た重症の心身障害児(者)の施設です。
わずか50床の規模で始められ、「障害児の父」と敬愛された初代園長小林堤樹先生を初め、職員の苦労は筆舌に尽くしがたいものでした。 このような島田療育園と、園児たちの少しでもお役に立ちたいと、1962年に後援会が発足しました。 園児の介護、職員の手伝いの他、経済的な援助もしたいと、会費の徴収、バザー開催と微力ながら活動を続けてまいりました。 障害者への理解も深まり、島田療育園もセンターと改名し、現在では定床243を数え、デイケアセンターを併設し、障害児(者)はもちろん、親にとっても大きな心の「よりどころ」となっています。 後援会も利用者介助は専門職にまかせ、「この子らに愛の手を」の後援会だよりの発行と、バザー開催を主とした活動となりましたが、経済的支援の一つとして、センター行事への協力があります。 9月初旬に行われる「わいわい祭り」――アトラクションや花火大会―― には模擬店を出し、プリン、ゼリー、飲み物などをサービスしますが、親切会から届けられたお金は、強い支えとなります。 後援会は発足40周年を迎え、バザーも39回を数えます。 大勢の方々のご協力を得て、今日を迎えることができました。ただただ感謝の言葉を心より申し上げます。 追 記 都心(新宿、渋谷)で開催していたバザーを、ここ多摩の地に移したのは30年程前になりましょうか。私達の心配はあふれんばかりのお客様によって吹き消されました。 さらに、島田療育センターに移した時は、決して便利とはいえないこの場所へ、お客様がお出かけくださるかと不安でございました。しかし、島田の利用者達に暖かいお心をお寄せくださる方々によって、開場前に長い列ができました。地元多摩の方、遠方よりわざわざおいでくださる方、人の心の暖かさにふれる至福の時を味わせていただきました。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
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| “会員でない方への個別相談会を開催しています” (社)日本オストミー協会 奈良県支部 三上 武良
私達はオストメイト(人口肛門、人口膀胱の保有者)です。内部障害であるため、外見上は健康な方と変わりませんが、自分の大便または尿のコントロールができないことから、多くの不安を抱えながらも元気に社会に出て行こうと頑張っております。 そして私達仲間が互いに手をつないでいこうと、全国的には日本オストミー協会、また奈良県内としては奈良県支部が会員相互の社会復帰への研修、会報などの発行も含めての情報の提供、さらに福祉の向上(例えばオストメイトが使いやすいトイレの設置要請など)を求めて活動しています。 しかし、その障害部位が肛門または膀胱ということから、オストメイトであることを表に出さず、一人でいろいろと悩んでおられる方がかなり多い現状にあります。何とかこのような方達にも声をかけ「元気なオストメイトになってもらいたい」と、親切会より戴いた寄付金をベースに「会員でない方への個別相談会」をスタートさせました。 2〜3カ月ごとに奈良県北部/南部と交互に開催場所を定め、実施していきます。開催にあたっては、近隣の市町村広報に案内記事の掲載をお願いするとともに、窓口に自製のチラシを置かせていただいております。 先の5月21日実施時も多くの来所があり大盛況でした。相談対応者は、専門看護士さんと私達支部役員ですが、「本当に来てよかった」「先輩の皆さんの元気に、自分も元気が出てきた」「今まであきらめていた旅行も何とか行けそう」「細かいケアーの方法を聞かせていただいて良かった」等々の声に私達もホッとするとともに、次回も頑張っていこうと準備を進めています。 そして私達オストメイトの仲間は、会員である/ないを問わず一人でも多く元気になってくださることを願っております。 このような個別相談会をスタートさせる動機を与えていただいた親切会の皆様に、重ねてお礼を申し上げます。
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| “子供の日に「五月人形・カメラ」をありがとう” 赤十字子供の家 事務係長 長澤 真志
平素から赤十字事業にご協力をいただきありがとうございます。 また、このたびは親切会から「五月人形」「カメラ」をご寄贈いただき、早速、五月人形を園で飾り、子どもたちに見せたところ、たいへん喜んでおりました。本当にありがとうございました。 さて、日本赤十字社は災害救護、国際救援、血液事業、病院経営、社会福祉事業など幅広く活動を行っております。
定員は40名で、親が様々な事情で育てることができない幼児(2〜6歳)が親元を離れて生活しています。 赤十字の施設ということで特に医療的ケアの必要な子どもの入所が多く、隣接の武蔵野赤十字病院の全面的な協力を得ながら養護にあたっています。 子どもたちは、家庭生活の経験が最も必要な幼児期であるため、家庭的雰囲気を重視し、「自主性を育てる」「豊かな心を育てる」を基本目標として、児童指導員、保育士が24時間交替制勤務で養育しております。 日常生活は、子ども一人ひとりとの関わりを基本にして、担当者会議での各職員の意見を反映させ、常によりよい処遇を考えながらの毎日です。時には、職員は自分のプライベートな時間を利用して子どもたちを自宅や遊園地へ連れて行くなど、公私を超えて献身的に従事しています。4歳児、5歳児は近隣の幼稚園に登園しています。 本年2月、グループホームとして近くに一戸建ての分園を開設いたしました。幼児6名が職員3名とともに、地域の皆さんとの温かい触れ合いのなかで、より家庭的な雰囲気での生活を経験しております。 これから当園の運営は、国・都・市などからの補助金をあてておりますが、年々厳しくなっております。そのため、業務の全面的な点検、見直しを行うなど経費節減に努めております。そうした折、東京善意銀行を通じて親切会からの寄贈は大変ありがたく、職員一同感謝しております。 今後とも引き続きご支援のほどよろしくお願いいたします。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
| “おいしい家庭料理をどうぞ” 奈良市 友愛おべんとうグループ 武藤 淑子
昭和48年に公民館の料理教室で調理実習を受けた者が、学習したことを社会にお返ししようと「友愛グループ」を作り、毎月1回手作りのお菓子を持って市内の施設を訪問し、入居者との交流や話し相手をしてきました。時代の流れで施設の福祉も充実してきた時、ふと近所を見回すと、施設に入れない一人暮らしのお年寄りや、障害者の人、若くて病弱で困っている人達が沢山いらっしゃるのを知り、在宅ボランティアとして、平成4年4月「友愛おべんとうグループ」として生まれ変わり11年目に入りました。 かつおや昆布で出汁をとった手作りの味が伝わり、ヘルパー、保健婦、民生委員の方からの依頼で数も増えていきました。 年に2度献立会議を開き、1年の反省をもとに栄養バランス、塩分、糖分を考え、対象者に喜ばれる弁当を110食作るまでになりました。 また、毎週弁当に献立カードを添え、そのカードに季節の言葉や心の和むメッセージを書き入れます。イラスト入りのきれいなカードを楽しみに待っていらっしゃる方も沢山おられます。 今は、ボランティアセンターの調理室を使わせていただき、9時〜11時過ぎまでに仕上げます。調理室での作業はなかなか大変です。 このたび、親切会からの寄付で、さっそく大きな飯切り、ふきんを洗う洗濯機、松花堂弁当箱の補充に使わせていただきました。大変助かっております。 過去10年間無事に過ぎましたが、昨年4月に奈良市が中核都市になり、新設の市民生活課・保健所から、衛生面に一層の注意をするよう指導がありました。 会員数人が食品衛生責任者の講習を受け、一段と衛生面、調理面の認識を深めています。 友愛おべんとうグループ一同、明日を生きる気力を養ってくださるようにと願い、安くておいしい家庭料理を作り、配食ボランティアを続けて行きたいと思っております。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
| “松花堂弁当でみんなニコニコ” 尼崎市 「陽なたぼっこ」 副代表 黒田 智恵子
私共「陽なたぼっこ」は、平成10年9月からミニデイサービスとして個人の家から出発し、現在は公民館の一室と実習室をお借りしています。 尼崎市社会福祉協議会ボランティアセンターに登録をしているボランティア17名が、2部に分かれて利用者の方のお世話をしています。一回に参加される利用者の方は12名ほどですが、リクレーションメニューはスタッフだけで決めないで利用者のご希望に添って強制でなく、その日その日のメニューを考え、皆さんと共に進行しています。地域に開かれた地域の方々が利用できるミニデイサービスにしたいと考えております。
また、利用者の皆さんは、歌を唱うことや、聞くことの好きな方、そしてダンスやお茶(作法)の先生、落語を話される方もおられ、またハーモニカ(伴奏入)を吹かれる方もありと、利用者自身がインストラクターや役者であるため、皆さんのご希望でCDプレイヤーも購入いたしました。結局、松花堂弁当箱25個、そしてCDプレイヤー1台、テーブルクロス5mを購入しました。みんなニコニコ顔です。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
| “「暖かいご支援を」ありがとう!” 神戸市希少難病患者 家族の会 あじさいの会 代表 奥原 英一
私達の希少難病患者家族の会「あじさいの会」は、現在認められている難病のうちでも大変珍しい病気15種類の神経系患者が会員となっております。 発症例が少ないためか、長い間希少難病の新薬は発表されていません(例えば、筋萎縮側索硬化症、脊髄小脳変性症など)。人生の一番責任の重い中年過ぎに発病し、原因も治療方法も判らないまま、遂には寝たきりとなる誠に厳しい病気です。
闘病生活が続くといろいろな問題が派生しますが、少しでも明るさを取り戻し生き甲斐や希望のある生活ができるように活動するのが、私たち患者会の使命と信じております。 難病団体は毎年県下各所にて2回、各市町では保健所を中心に随時に専門医を招き「医療生活相談会」を開催しますが、時間をかけても、込み入った相談を行っております。 また、オープン形式の相談会は、同病・他病の患者達の相談事も大変参考になり、有効な情報交換の場となっています。 ときには良い季節に野外に集い、太陽のもとで子供にかえり、大きな声で歌を歌いボールと戯れたりゲームに熱中します。お昼にはボランティアさんの炊き出しの大鍋のなべやきうどんに舌鼓をうっているときの顔は、とても病人とは思えません。こんなときは野外準備の苦労も吹き飛んでしまいます。 このような活動ができるのも、ご支援をいただいている親切会の賜物と感謝申し上げます。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
| “冷凍冷蔵庫フル稼動” 京都府井手町 井手共同作業所 所長 乾 喜代子
井手共同作業所は、地域に住む企業就労が困難な障害者を通所させ、作業を通じて働く喜びを知らせたり、学習、レクリエーション、ボランティア活動などを通じて社会で生きる力をつけさせたり、必要な生活援助をしたりして、通所生が人として当たり前の暮らしができることを目的として日々活動しています。 井手町唯一の障害者施設ですが、町の規模が小さく、従って作業所の規模も小さく、通所生5人、職員2人のまま伸び悩んでいましたが、今春からは通所生7人、職員3人の10人規模の集団となりました。 週6日通所生を受け入れ、通所生にとって生活習慣、生活援助、相談などなくてはならない存在となっています。年末年始6日間、盆3日間、日曜、祝日以外は休まず活動し、通所生のニーズにこたえるべく奮闘しているところです。
今春10人の所帯になり、ひとつのクーラーではお弁当が入りきらないので当惑していたところでした。近年保健所の指導も厳しくなり、冷蔵庫の必要性は切実なものでした。 今回のご寄付で、さっそく250リットルの冷凍冷蔵庫を地元の電気店から購入し、設置することができました。これで全員のお弁当が入るだけでなく、コーヒーやお茶を冷やしておくことができます。氷も作っておけます。毎日保冷剤を自宅に持ち帰って冷やし直して持ってくる必要もなく、随分と助かります。 これからはゼリーやわらび餅を作ったり、食品を保存したりもできるので、活動の幅が広がり、作業所という働く、学ぶ、暮らすという混然一体の空間が、なお一層居心地のいいものになりそうです。長く、大切に使わせていただきます。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
| “シュークリーム好評販売中” 和歌山市くじら共同作業所 ケーキ班指導員 冬野 カヨ
このたびは、私たちくじら共同作業所へ、冷蔵庫を寄贈していただきありがとうございます。 くじら共同作業所では、現在10人のメンバー達がケーキ・せんべい・陶芸・下請け・縫製と、各班にわかれて自立に向かって仕事をしています。 せんべい班は、地元の野菜を使って無添加・無着色の野菜せんべいを作って販売しています。 陶芸班は、粘土からお皿・人形・器などを作り、焼成色付けをして製品に仕上げています。 下請け班は、タオルたたみなどの仕事をしています。 縫製班は、袋物・エプロン・その他の注文に応じたものをミシンなどで縫っています。 今回寄贈していただいた冷蔵庫は、主にケーキ班で使わせていただいております。というのは、今ケーキ班は年間を通じ、パウンドケーキを作って販売しています。またバザーなどのときはクッキーを作っていますが、保存期間に問題があったり、毎月の収入の点でむらがあり、特に夏場は大変減収します。その部分をアップさせたいため、かねがね冷蔵のシュークリーム生地を使って夏場の収入アップをしたいと考えていましたが、現在当作業所で使用している冷蔵庫では冷凍機能が果たせないため困っていました。今回思いが実現できるようになり、大変嬉しく思っています。 早速5月初旬よりお客様に喜ばれる味はもちろんのこと、形・ラッピングと一つ一つグレードアップしたシュークリーム販売へ向け、メンバー達は意欲を燃やして新しい製品作りにチャレンジしています。 このことにより私たちの夢が実現へ、より前進できたことを一同感謝しています。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
| “紙漉きの腕が向上” 京都府京田辺市 ふくろう共働作業所運営委員長 林 恵子
このたびはご厚意を承り本当にありがとうございました。開所間もない私どもの作業所は後援会組織もなく、公的補助金のみで運営しております。作業に必要な備品にも事欠く状況の中で非常にありがたく感激いたしました。 私どもの作業所は障害の種別にかかわらず、社会的自立を目指す人に門戸を開いています。心の病に悩む青年や、知的障害を持ちながらなんとか社会復帰を果たそうと訓練に取り組む人達が、現在14名在籍しています。 主にリサイクルの手漉きの紙を生産しています。紙は他の木や布などの素材とは違い、失敗してももう一度水に溶かすことができるため、何度でもやり直しができます。この安心感をベースに自分のペースで訓練に取り組むことができます。このことが功を奏し予想を上回るスピードで紙漉きの腕が向上しました。 一日6時間で葉書を千枚以上漉くことができるようになり、プロの日本画家や書家の方々と取り引きができるようになりました。各種のイベントの記念品としての引き合いもあり、不況の中でも生産量は増えています。 また、環境学習に取り組む小学校に出向き、社会人講師として子供達に紙漉きを教えています。障害を持つ青年達にとって「先生」と子供達に呼ばれることは、嬉しくもあり、自信になります。皆で共に働き、経済社会に流通する品質の紙を生産することで、自分自身の自立の道筋を見極めることができます。 切れ間もなく仕事があることは本当にありがたいことですが、紙漉きのために最も大切な道具である「漉き枠」の消耗が激しく補充に苦慮していました。 貴会よりのご寄附により、葉書と名刺用の漉き枠を新調することができました。 心新たに皆で紙漉きに取り組みたいと思います。 ▼寄付贈呈先の一覧ページに戻る |
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